「理想の自動車」に向かって

乱暴な総括をすれば、日本の自動車産業がここまで発展することができたの
は、並はずれた「模倣」と「改善」の賜物であると言っていいでしょう。もと
もと日本には、自動車の前身たる馬車の文化もなかったし、車を走らせるため
の車道といった概念さえありませんでした。100%舶来のものである自動車
を、外国製品から驚くべき熱心さで学び、ついに自家薬龍中のものにしたのが
日本のメーカーであり、その過程で、ほとんど「創造的」ともいえる日本人の
改善意欲と向上心が発揮されたのも事実です。しかし、今や日本の自動車産業
は、規模において世界のトップに立っているのです。また、技術的に見ても大
きな転換期に差し掛かっている今、「模倣」と「改善」だけでは、新しい時代
をリードしていくことは難しいでしょう。
 そこで求められているのは、自動車に対する「哲学」ではないでしょうか。
車と人間の関係を根本から見直して、必要とあらば、自動車を「再発明」する
ことが必要となるはずです。
 技術的に見れば「理想の自動車」は、燃料も消費しなければ排出ガスもゼロ、
お年寄りから子供まで 誰でも運転を楽しめて、交通事故も起こらない、そう
いうものに違いありません。その究極のターゲットに向けて研究開発を続けて
いくのが、自動車メーカーの責務であり、ロマンでもあるはずです。とは言っ
ても、急にそこまではたどり着けません。どこにプライオリティを置くかを、
各メーカーが独自の世界観から、優先順位をつけていけばいいのです。その「
哲学」を持って、未来に向けての美しいビジョンを競い合う…そうなれば必ず、
自動車への興味を取り戻す若者たちも増えてくるはずです。

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